次から次へと・・まるで決壊したダムのように私の口からは溜息ばかりが
零れ落ちる。
―・・あの電話の後。
母親の予告どおり、"雅人さん"からの"お迎え"がきた。
勿論"雅人さん"本人はおらず私を訪ねてきたのは年のいった女の人が
一人と、運転手の男の人が一人。
えぇ、寮の門の前に黒いベンツを乗り付けていらっしゃいやがりましたよ。
道行く人の視線やら、寮内に残ってる生徒の視線が痛いんですけど・・
「初めまして灯さん。私、秋宮家より参りました家政婦の緒方雅代と申します
。」
事務室に呼び出された私は初老の品のいい穏やかな女性に一礼され恐
縮する。
「あっご丁寧にどうも・・」
慌ててお辞儀を返す。
家政婦!?
父親が社長って行っても子会社だったし、私の家はそこらへんの一般家庭
となんら変わりはない。
この世には本当に家政婦さんを雇ってるような家庭があるんだなぁ・・と今更
ながらしみじみと実感する。
「お父様からお聞きとは思いますが・・」
「あ〜・・はい。」
私は困ったように生返事をする。
その様子に雅代さんはくすっと笑った。
「突然のことで驚かれてるでしょうね。」
「・・えぇ・・なんかもうたっぷりと。」
雅代さんのにこやかな笑顔に私は心打ち解けたような感じになる。
とても話しやすい人だ。
「ふふふ・・無理もないでしょうね。―・・でもお話を聞いていらっしゃるのなら
事は早く進みますね。これから秋宮家のほうへ一緒に来ていただくことにな
るのですけれど・・」
「今の所、私に選択権はなさそうですよね。」
雅代さんが頬に片手を当て申し訳なさそうな顔をした。
こそりと灯の耳元で囁いた。
「えぇ。私としても何とかしてあげたいけれども、秋宮家に仕える家政婦として
はそれは出来ないの・・本当に申し訳ないわ・・」
そんな雅代の口調に優しさを感じ取り灯は殺伐としていた心が癒されるような
気分になった。
「いえ。いいんです。私、行きます。」
ぐっと決心を固める。
―・・勿論、諦めたわけではない。
「行って自分のことは自分で解決します。こうなったら直談判です。」
こうなったら直接言うしかないだろう。
父親の会社は何か別の方法で援助してもらおう・・
まだ考えてはないが話し合えば何とかなるはずだ。
結婚だけは・・見ず知らずの男との結婚だけは何としても避けなければいけな
い!!
こうなったら全は急げだ。
「さぁ!いきましょう雅代さん!!"雅人さん"のところまで案内してください!」
まるで戦にでも出かけるような勢いで、必要最低限なものだけ持つと灯は先を
促した。
これから向かうのは灯にとっては敵陣も同じ。
気合を入れて寮を出る。
早田さん(もう一人の運転手の男の人だ)が車のドアを開けてくれる。
うぅっ・・金持ちの運転手だ・・
"豪華"そのものを具現化したような車内に入って少し眩暈を覚えたが(早くも気
が滅入りそうだ・・)そんなこと思ってる暇はない。
「絶対にこの"約束"・・撤回してもらうんだから!!」
*
事務室から走って出て行き自室へと荷物をとりにもどった灯の後姿を目で追い
ながら雅代はクスリと微笑した。
「元気な方ですね。」
隣で早田が苦笑する。
「えぇ、そうですね。でも・・あの子なら私は大丈夫だと思いますよ。」
くすくすと雅代が楽しそうに笑っている。
「―・・何せ家の子達はくせ者ぞろいですからね。ふふっ。これからどうなるかしら
?とても楽しみですね。」
あぁそうだ・・と雅代はあることを思い出す。
「もう書類の方は出してきてくれましたか?」
「えぇ。先程提出して参りました。秋宮家のほうからもすでに手はまわしてあります
のですぐに受理されるでしょう。―・・灯様のお荷物の方もこの後、全て運び出せる
ように手配いたしました。」
「そうですか。ありがとうございます。」
灯が戻ってくるのが見える。
「彼女には大変申し訳ないけれど・・私は今回のこと―・・彼女にとっても我が家に
おいてもとてもいいことになると信じていますわ。」
そう、にこやかに雅代は言った。
その言葉を聞いて早田も静かに頷き微笑した。
*
車を走らせ2時間弱。
着いた場所は高級住宅街が立ち並ぶ一角。
その数々の豪邸が立ち並ぶ中でも一際長い塀で囲われ、広大な敷地を有する日
本家屋。
これまた素晴らしく大きく立派な門の中へと車は進入していく。
ようやくついた敵本陣。
(ここからが気合のいれどころよっ・・!!)
あらためて自分自身に気合を入れなおし灯はいよいよ本拠地へと乗り込んだ。
―・・だが、そこで灯を待っていたものそれは、事の元凶・"雅人さん"のにこやかな
笑顔と・・・・・・・
三人の婚約者だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?息子って一人じゃなかったの・・・?
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